言葉は受信者に意味の全てが委ねられる

早いもので2017年もあと僅かですね。

今年は一人暮らしを始めて生活環境が変わり、自分の力のなさや周りの人達にどれだけ助けられていたのかと実感する1年となりました。

迷惑をかけまいと人に頼らないのは愚者のやり方で、上手な迷惑のかけ方を知るというのが大人になるということなのでしょうか。

僕は今年の最後に馬鹿なことをやらかして色々な人に迷惑をかけてしまいました。

気づいたら人の家で上半身裸で眠っているクリスマスイヴを経験したのは初めてです。




自分はこうして文字を書き連ねることは嫌いではないのですが、口に出して自分の意思を伝えることが苦手で少し臆病になってしまいます。

文章は推敲を重ねて綺麗なものへと姿見を繕うことが出来ますが、僕みたいな人種は本当にこれを口にしていいのかと悩んで結局曖昧な言葉を返したり、普段は饒舌でないが故に話したいことが多いとなると上手くいかず、よく伝わらなかったりなんてことが度々あります。

所謂コミュ障です。

どうせ陰キャです。

来世は陽キャがいいですね。

僕の考えを文字に起こしたのですが、別に共感して欲しいとかつまらない自己承認欲求を満たしたいとかではなくて、こういう奴もいるって偶には思い出してくれればいいですよね、ってことでこうして筆を執っている次第です。

考え方は人それぞれですし、僕自身も他人に考え方を押し付けたい訳ではないですしね。

ようするに言葉は難しいってお話です。

自分が伝えたい情報があった時、言葉にする過程でどのくらい情報が欠けるかは自分でも分かりませんし、それを受け取った相手がどういう解釈をしているのかもうかがい知ることは不可能ですし。

最後に言葉の意味の決定権を持つのは受信者になってしまいます。

本来ならば言葉の価値の差なんてものはあってはいけないのでしょうけど。



最近Twitterのタイムラインを眺めていると、このような記事が流れてきました。


昨日の決勝について | fnr0812のブログ


別に他人の問題にとやかく言って火に油を注ぎたいとは露ほども思わないのですが、面白いのでURL貼らせていただきました。

対戦前に「これ勝てば岐阜県ランキング1位なんですよね〜」
ここまでは全く問題ない。
しかし、次の発言で言葉を失った
「優勝商品割りません?」
おかしい。
そもそも対戦相手とは初対面である。
初対面の対戦相手に冗談でも言ってはならない言葉だと思う。
私にはこの流れから勝ちを譲れとしか取れない発言であった。


この文章を読んだ時、僕はそういう考え方もあるのかと感心してしまいました。

ここまで自身の価値観を前面に出した文章を書く人はどんな人生歩んでいるんだろうなとか、どういう性格をしているのかとか深く興味が湧きます。

昔知人に

「〇〇君って他人に興味無さそうだよね」

って言われたことがあり、それが今でも心に引っかかったままです。

彼女曰く僕は「君の膵臓をたべたい」の主人公に似ているそうです。

小説を貸してくれました。

北村匠海に生まれ変わりたい。

あと何回徳を積んだらイケメンに転生出来るだろうか。

閑話休題

他人に興味無いわけではないですけど、言われてみれば誰かに執拗に依存したり特別目の敵にしたりはしないタチです。

だからでしょうか。

誰かのことを凄く気になるって感情を持ったことに僕自身が驚いているので、この件が面白く感じているのだと思います。

岐阜1位になりたいから優勝商品割るので勝ちを貰えないかって捉えるには情報が少なすぎますが、言葉足らずだっただけで本当に負けるよう持ちかけたのか、単純に負けた時のリターンが大きくなるようにしたかったのかは定かではありません。

どちらが良いとか悪いとか決めたいのではなくて、言葉っていうのは受信者に意味の全てが委ねられているのだなと、だからこそ言葉は難解で複雑なのだなと感慨を覚えた一件でした。



長くなりましたが、こんな駄文に付き合ってくださった皆さんに感謝を。

そして今年関わった皆さんにありがとうとごめんなさいを。

来年はもう少し上手く迷惑をかけられる人間になりたいです。

ではでは。